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pen & voice galaxyはラジオドラマ専門集団です。

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ヒーローパラノイドHERO PARANOID


ヒーローパラノイド-外伝-

 今年のクリスマスは、朝から雨だった。
 昼間だというのに、空は黒く厚い雲に覆われ、小雨が降り続いている。晴れることも雪に変わることも
なさそうだった。
 それでも、街を歩けば、四方から様々なクリスマスソングが鳴り響き、街路樹まで電飾でギラギラと
着飾っている。人々も傘を差しながら、活気に溢れている。
 少年はそんな幸せそうな道行く人々を見るのも、自分が見られるのも嫌だった。視線から逃げるように、
人気のない路地裏を歩いていく。
 幸せな世界から、一人だけ切り離されたような寂しさと苛立ち。
 少年にとって、クリスマスは一年で一番嫌いな日。
 腕時計の針は、まだ午後四時を指している。今日という日が終わるには、ずいぶん時間が残っている。
 少年は苛立ちを紛らわすように、近くにあったゴミ箱を蹴とばした。
ガランッ
転がったゴミ箱の蓋が外れ、ゴミが散乱する。
「はぁ……くだらね」
少年が重い溜息を吐き、立ち去ろうとした時、背後から少女の甲高い声が聞こえてきた。
「そこまでだ! 悪党!」
「誰だっ?」
「学園以外の平和も守る正義の味方! キャッツハンター・フワリン! 只今参上!」
 少年はフワリンと名乗る少女を見て、目を丸くする。
 フワリンは猫をモチーフにした、どこかの魔法少女のような格好をしていた。
頭には猫耳をつけ、胸には大きな鈴。手には猫の手袋に、足は猫足ブーツ。スカートのお尻の部分には、
二股のしっぽも付いている。
 そして、その格好で傘も差さず、ゴミ箱の上に仁王立ちしていた。
「今日はみんな楽しいクリスマス! そんな日に器物破損はいけないんだぞ! おわ!」
 フワリンが喋るたびにゴミ箱がガタガタ揺れ、フワリンはバランスを取るため、両手をぶんぶん振り回す。
 少年はフワリンの奇抜な姿と言動に毒気を抜かれ、呆れた顔で見ている。
「あー……、どうしてわざわざゴミ箱の上に乗ってんのか知らねえが……下りれば?」
「……とうっ!」
 フワリンは勢いよくゴミ箱から飛び降り、少年の目の前で着地した。
「うわっ、ちかっ!」
少年は驚き後退るが、間近でフワリンの格好を見て、首を傾げた。
「ケーキの売り子か?」
「売り子じゃなくて! 正義の味方!」
「はいはい。で? 正義の味方はサンタの代わりに金でもプレゼントしてくれんの?」
「ふふん、それは無理だね! 見てわかんない?」
「ああ?」
 フワリンはくるりと一回転して見せるが、少年はわからない。
「……なにが?」
「だ・か・ら! 鞄持ってないでしょ? つまり、財布もない! お金持ってない! ついでに、傘も忘れた! 財布の入った鞄は、部長に預けたんだけど、その部長とはぐれちゃったんだよねぇ。困った、困った」
 フワリンは大して困ってなさそうな口調で言う。
「あ、電池切れした携帯だけ持ってるけど……」
 そう言うと、ブーツの中から携帯電話を取り出す。 
「お前、どこに携帯しまってんだよ! 壊れるぞ! っていうか、金もなくて、携帯も電池切れって……大丈夫なのか?」
 フワリンは気まずそうに視線を外す。
「……うん……あんまし大丈夫じゃない」
「だ、だろうな。とりあえず、交番にでも行った方がいいぞ」
「もちろん! ちょうど交番を探してた所に、悪党を発見しちゃったんだよ。プレゼントが欲しいなら、
サンタさんは忙しいんだから、一か月前までに手紙を書かないとダメなんだぞ! 悪党はサンタさんに手紙を書くの忘れたの?」
 フワリンが訊くと、少年は不機嫌な顔になる。
「……俺にはサンタなんか、昔からいねえよ」
 少年の吐き捨てるように言った言葉に、 フワリンは黙ってしまい、さっきまでの騒々しさも消える。
遠くからのクリスマスソングと喧騒だけが聞こえてくる。
 少年は苛立ったように頭を掻いた。
「あ〜あ、気分わりぃな……。バカに付き合ってらんねえな。どけよ」
 少年がフワリンの横を通り過ぎようとした時、
「じゃあ、今年はあたしがサンタさんになってあげる」
「あ?」
 少年が立ち止まって振り返ると、フワリンはにっこり微笑む。
「と言っても、お金は持ってないから、この猫の手をあげる」
 フワリンは自分の猫の手袋を外し、少年に差し出す。
「さあ! 寒いなら、あたしの猫の手を持っておゆき!」
「どこぞの顔をちぎってあげるヒーローかよ! 寒いなんて、一言も言ってねえし! お前のほうが寒そうだろ! 傘もないし!」
「ノープロブレム! あたしはヒーローだから、大丈夫! 体は冷えても心は熱い!」
 フワリンは胸を張って言い切り、猫の手袋を少年に押し付けた。
「いいのかよ? 本当に貰っていくぞ?」
「もっちろん! フワリンサンタからのプレゼント!」
 少年は戸惑いながらも、猫の手袋を受け取る。
「……変な奴」
 少年は小さく呟くと、路地裏から大通りへと消えていった。



 道行く人々の視線が、少年の猫の手袋に向けられるが、不思議と少年は気にならなった。
 さっきまで、あれだけ人々の視線が嫌でたまらなかったのに。
 猫の手袋の暖かさは、少年の心を落ち着かせ、フワリンとのやり取りを思い出させた。
「変な奴だったぁ……」
 少年の顔は自然に綻んでいた。
「君!」
 ふいに肩を叩かれる。
 振り向くと、同い年くらいの少年が立っていた。少し息が上がっており、どうやら少年を追いかけて、声を掛けたようだった。
「あ、もしかして……部長?」
少年はすぐに肩を叩いた少年が、フワリンの言っていた『部長』だと気づいた。猫の鞄と傘を持っている人はあまりいないだろう。
「君、僕を知っているのかい? それに、その手袋どうしたんだい? 僕の探している女の子の物だと思うんだけど……」
 部長は物腰は柔らかかったが、少年を見る視線は鋭かった。


 
「部長ー!」
「フワリン! ここにいたんだね!」
「あれ? その猫の手……。あたしが悪党にあげた……」
「ああ、フワリンが猫の手をあげた彼が、この場所を教えてくれたんだよ。猫の手は、もう寒くないから返すって」
「……そっか! 良かった!」
 少年は二人が無事に会えたことを確認して、そっとその場から離れた。
 

 夜が近づくにつれ、街は更に活気づいてくる。
「さみぃ〜」
 少年は寒さで赤くなった両手をジャンパーのポケットに突っ込む。すると、ポケットからじゃらっと音がした。
 朝までゲームセンターで遊ぶ為のお金だった。
 どうせ家にいても一人だ。母の店は稼ぎ時で、明け方まで帰ってこないだろう。
「……」
 母はいつも働いている。サンタなんて知らない、クリスマスなんてないみたいに……今日も働いている。
 少年はゲームセンターに向かっていた足を止めた。
「……今年はあたしがサンタさんか……」
 フワリンの言葉を思い出し、逆方向へ歩き出す。
 サンタが来ないなら、自分がサンタになってみるのも悪くないかもしれない。
 プレゼントはもう決めていた。
手袋がいい。猫の刺繍がついていれば、もっといいだろう。
雨は降り続くが、少年の足取りは軽かった。
クリスマス。雨が降る時も、サンタが来ない時もある。
少年は小さな奇跡さえ起こせない。
それでも、誰かのサンタにはなれる……。



        (2016 ヒーローパラノイド製作委員会 / pen & voice galaxy)